矢島床子(助産師)の経歴や年収は?家族旦那や子どもについても調査

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矢島床子(助産師)のプロフィールや経歴は?

 

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とってもすてきな笑顔・・・。

矢島床子(助産師)のプロフィール

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名前 :矢島床子(やじまゆかこ)
誕生日:1945年(昭和20年)
年齢 :74歳(2020年現在)
出身 :岐阜県明宝村
職業 :矢島助産院院長

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矢島床子の経歴

矢島床子さんは岐阜県明宝村出身です。

 

岐阜県明宝村ってどんなところかな?と調べていたらハムで有名とか・・・。

 

どうも明宝村は明宝ハムで有名のようです。

東海地方ではローカルCMでも放送されていたみたいですね。

 

 

さてそんな明宝村で育った矢島床子さんは1970年に日本赤十字社助産婦学校を卒業されています。

 

矢島床子さんが助産師になったきっかけは看護学校1年の時に交通事故に遭い、生死の境をさまよったことで、命の大切さを痛感し、命の誕生の瞬間に立ち会う助産師に興味を持ったようです。

 

助産婦学校卒業後、日本赤十字社産院、高山赤十字病院勤務と経験を積みます。

 

1981年よりラマーズ法を広めた三森助産院で助産婦修業をします。

 

そして、1987年に独立。出張分娩のみの開業助産婦活動をスタートします。

 

そして1990年に東京・国分寺に「母と子のサロン矢島助産院」を開業されます。

 

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矢島助産院
〒185-0022 東京都国分寺市1丁目40−7

 

矢島助産院は分娩台がなく、出産は畳の上で行われ、母親自らが子供を取り上げるスタイルを続けています。

 

2002年にはNPO法人「お産サポートJAPAN」を設立。

 

2003年ハンズの会(地域医療連携システム)の立ち上げにも携わりました。

 

 

こうして振り返るとお産に対して独自の考えを持たれています。